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2002年 1月 14日 週刊金融財政事情 

「リテールNAVI」

カスタマー・セントリックをビジネスに結びつけるには
株式会社マーケティング・エクセレンス
代表取締役社長 戸谷圭子
代表取締役   栗田康弘



カスタマー・セントリックをビジネスに結びつけるには

2割の高収益顧客に経営資源を集中することは間違っている。




「二・八の法則」という言葉をまたよく耳にするようになった。具体的には、儲かっている2割の顧客には担当者をつけ、さまざまな優遇サービスの対象にし、それ以外の8割の顧客は低コストチャネルへ誘導するか、切り捨てるというのである。一見、もっともらしく聞えるこの考え方には、実は大きな落とし穴がいくつもある。


いま儲かっていない顧客は将来も不採算か?

個々の顧客の収益性を厳密に把握するには、資金収益をトランスファー・プライシング(個別仕切りレート)ベースで算出するとともに、ABC(活動主義原価計算)を用いて個々の取引・サービスにかかわる原価を求める必要がある。この両方を把握している金融機関はほとんどない。金利や手数料を優遇しているという事実すら、システム的に把握できていない金融機関もある。

 現在の収益性が正確に測れたとしても、いま儲かっている顧客が今後もずっと儲かるとは限らない。逆に、いま儲からない顧客が将来もずっと不採算顧客であり続けるとも限らない。金融サービスは、一度商品を買えば終わりというのではなく、継続的・長期的なリレーションシップが前提である。いまニーズがなく「儲からない」と分類されている顧客でも、将来ローンを借りたり、収入の増加とともに運用商品を購入してくれる可能性は大いにある。現在低収益だからといって将来の見込み顧客を邪険に扱えば10年後には優良顧客はいなくなるだろう。


LTVは正確なのか?

では、高収益顧客の「収益」の定義を、ライフタイムバリュー(LTV:顧客の生涯価値)に読み替え、将来の収益性も考慮に入れればそれでよいのだろうか。そもそも、LTVはどこまで正確に予測できるのだろうか。通常、LTVは、現在の収益性に今後の取引の成長や継続・離脱の可能性を考慮して算出する。たとえ現在の収益性が正確に把握できたとしても、成長や継続を正確に予測することは非常にむずかしい。まず、顧客との過去何十年にもわたる長期的な取引記録をデータとして保管できている金融機関はない。たとえそのようなデータがあったとしても、日本の金融業界の様相はここ数年だけをみても大きく変化している。競争環境が異なる過去のデータを使って、将来を予測することはできない。

また、過去データの不足を補うために、複数の年代層から似たような属性の(別の)顧客を抽出し、それぞれの現時点での収益をつなぎ合わせてあたかも一顧客であるかのように見立てて計算するという方法もよく用いられている。しかし、この手法も、いま30代の顧客が40代になったときに、現在の市場環境がこのまま続くことを前提にしているうえに、異なる個人を同じ人に見たてることによって成り立っており、あまりにも誤差が大きいといわざるをえない。

かりに、市場環境がずっと変わらないとしよう。しかし、顧客がその金融機関とずっと取引を続けるか、将来取引を増やすかといった判断を行う最大の要因は、顧客がその金融機関に満足しているか、好きかどうかである。人は感情をもった動物である。満足・不満足といった態度や、その結果、どういう行動意図をもっているかというロイヤリティの要素を含まないLTVモデルは意味がないばかりか、顧客と直接相対する従業員に誤った思い込みをさせる有害な指標となる。


住宅ローン顧客が「よい顧客」か?

通常、銀行がLTVと称するものを算出すると、住宅ローン顧客はほぼ例外なく「よい顧客」に分類される。その結果、多くの銀行が不動産業者への働きかけを強めることで、住宅ローン顧客を増やそうと躍起になっている。こうした方法で顧客基盤を拡大することは、銀行にとってよいことであろうか。

第1図は、複数の地方銀行の顧客満足度とロイヤリティを測ったものである。住宅ローンの借入れがある顧客の満足度の平均点は4.7(7が「非常に満足」、1が「非常に不満」の7段階評価)であり、住宅ローンのない顧客の平均4.9よりも低い。第2図、第3図をみるとロイヤリティ(取引増加意図や他人推奨意図)も同様に低い。その傾向は、住宅ローンしか取引がない顧客でみるとさらに顕著になり(満足度の平均点は4.0)、そのうち不動産業者経由で住宅ローンを組んだ顧客だけを取り出すと、満足度・ロイヤリティはさらに悪化し、危険な状況とさえいえる(満足度の平均は3.6)。

彼らは典型的な「人質」顧客といえる。不動産業者から強要されなければ、自分がもともと口座をもっている、慣れ親しんだ銀行で住宅ローンの借入れをしたかったかもしれない。それでも一度借入をしてしまったら解約するわけにもいかず、「仕方なく」取引を続けているのである。ちなみにこの事例では、住宅ローン顧客のうち業者経由が4割を占めているが、それらの顧客の過半数が他の取引をまったく行っていない。


人は自分の選択結果には責任をもとうとするものである。少々不満なことがあっても、自分の選択が間違いだったことを認めたくないために肯定的な面を探し不満を意識しないように努める。しかし、逆にいえば、そもそも選択権がないという不愉快な体験から始まった取引は、その後も何かちょっとしたことで不満を誘発してしまう。人質顧客は満足させることが非常にむずかしい顧客なのである。そして彼らは取引を解消して縁を切ることができないため、より不満を募らせ、不満のはけ口として他人に話し、いわゆる「テロリスト」顧客に変身しやすい。企業のみえないところで「攻撃」してくるのである。第4図をみると、そうした人質顧客ほど不満を他人に話す傾向が強いことがわかる。


 

企業にとっての顧客の価値は、継続されている取引からの直接的な収益だけではない。ロイヤリティが高ければ、少々価格が高くても受け入れてくれるという「価格プレミアムによる利益」や、他人に勧めてくれるといった「口コミによる利益」も企業の利益の構成要素である。事例の住宅ローン顧客では、この口コミ利益がマイナスとなっているのだ。

儲かりそうな顧客のニーズは共通しているか?

たとえ、どのような顧客が将来儲かりそうかが正確に予測できたとしても、経営資源をそこに集中してよいのだろうか。実はそんなことはない。なぜなら、儲かりそうな顧客のニーズは共通していないからである。借入れを行うことで収益に貢献してくれる顧客もいれば、大口の資金運用をまかせてくれることで儲けさせてくれる顧客もいる。銀行員が頻繁に訪問することを望む顧客もいれば、できるだけ放っておいて欲しいという顧客もいる。将来儲かりそうだということしか共通点のない顧客セグメントに、共通の戦略策定・施策実施を行うことほど、非効率的はなはだしいものはない。  収益性で顧客をセグメンテーションするのが問題ならば、どうすればよいのであろうか。経営資源を最も効率的に配分できるセグメンテーションというのは、そのグループごとの顧客のニーズが一致することにより、企業としての戦略・施策を絞り込むことができるものである。ニーズが一致するのは、考え方や行動が一致するときである。したがって、まず顧客の金融に対する価値観やライフスタイルが一致するようなセグメンテーションをすることが必要になる。さらに、そのグループに何をしてあげれば、ロイヤリティを高められるか理解しなければならない。  第5図は、ある金融機関のあるセグメントに対し、どの施策がロイヤリティの向上に最もつながるかという分析と、実際にそれぞれの施策が顧客の期待値に達しているかを調べたものである。顧客が重視しているものほど期待以下になっている。

リテール金融機関にとって、これまでのようにすべての顧客に一律の対応をするのではなく、顧客をセグメンテーションしてどのセグメントに経営資源を優先的に配分すべきかを考えることが重要なのはいうまでもない。しかし、それは現在儲かっている顧客に集中することでもなければ、将来儲かりそうな顧客に集中することでもない。最も効率的にロイヤリティを高められるセグメントと分野(施策)に集中する必要があるのだ。そして、顧客の金融に対する価値観・ライフスタイルやロイヤリティの構造を把握することは金融機関のもつデータベースをいくら分析しても不可能であり、科学的な手法を用いた顧客リサーチが必要になる。


不採算顧客を切り捨ててよいのか?

しかし、資源を集中する分野や顧客セグメントを明確にしたからといって、集中しない分野を切り捨ててよいわけではない。

金融は、「サービス業」である。サービス業で最も大事なことは、顧客から信頼されることである。金融サービスはお金を扱っており、なおさら顧客に信頼されることが生命線となる。そして、信頼は広告や宣伝で得られるものではなく、顧客の体験と口コミによって形成されていくものである。顧客がすばらしい体験を何度も重ねれば、取引を継続してくれるし、増やしてくれるし、友人・知人・家族・親戚に薦めてくれる。逆に、一度でも不快な体験をすれば、信頼は一瞬にして消え去る。それだけではなく、その不快な体験を何人に伝えるかわからない。不快な話を伝え聞いた人のなかには、その金融機関にとって「大事な」顧客もいるであろうし、これから取引を始めようとしていた顧客もいるであろう。「金融機関にとっていまそれほど重要でない」と勝手に定義した一人の顧客を切り捨てる(敵に回す)ことは、その陰で多数の「高収益」顧客を失うことを意味するのである。

金融機関が顧客を選ぶのではない。顧客が金融機関を選ぶのである。顧客に選ばれ続けるような金融機関になるためにどうすればいいか、常に考え続け、行動し続ける必要がある。

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