QUICKエコノミスト情報 VOL.235 「5月特版」 2005/05/12

三菱東京によるUFJ統合の発表、銀行の年金保険販売の増加や株式取次ぎ解禁による銀行、証券、保険の垣根撤廃など、日本の金融ビジネスは今大きく変貌しつつある。 不良債権が大幅に縮小し、体力がかなり回復してきた銀行の今後について、世界でも数少ない金融サービス業のマーケティングの研究者、戸谷圭子・マーケティング・エクセレンス社長に伺った。



「儲かる顧客がいなくなる」
戸谷圭子
マーケティング・エクセレンス社長


【問】金融の現状をどう見るか。

【答】日本の銀行はバブル崩壊後の10年以上の間、不良債権処理をはじめ後ろ向きの対応や体制整備に追われてきた。しかし、2003年夏頃からメガバンクを中心にリテール業務で独自戦略を打ち出すなど、積極戦略への転換が見られる。不良債権処理や合併に時間を取られて、リテール戦略が途中で頓挫した銀行や、ホールセール業務に軸足を置く銀行が、リテール強化を打ち出している。そうした流れが日本の金融界で本格化してきた。



【問】何故、リテール強化なのか。

【答】今の低成長時代ではホールセールよりリテールの方が利鞘は大きい。リテールは顧客数が大量で、大数の法則が働くためリスク分散が図れる。金融自由化を背景に、独自の戦略を打ち出して成功を収めている外資系金融機関に対抗するという面もある。



【問】銀行の顧客基盤は強固ではないのか。

【答】一時期、メガバンクや県内トップバンクは、富裕層と呼ばれる優良顧客の優遇や窓口の混雑解消、コスト削減を目的に、優良顧客を高コストの人的チャネルに誘導し、そうでない顧客はATM、テレフォンバンキング、インターネットバンキングなど人を介さないダイレクトチャネルに誘導した。これは非常に近視眼的なやり方だ。金融サービスでは顧客のニーズが生涯にわたって発生する。ある時期には借入れニーズがあり、ある時期には資産運用ニーズがある。儲からない決済ニーズしか発生しない時期もある。つまり、取引関係が長期に及び、その間に発生する様々な金融ニーズを取り込むことで収益が極大化する。そうした長期的視点で顧客取引を維持しようとせず、その時点での自行取引量を判断基準として顧客をダイレクトチャネルに追いやった結果、顧客は他の銀行に流れ、リテールの基盤は一段と脆弱化した。顧客のニーズが生涯にわたって発生する金融サービスでは、一度の顧客喪失が長期の収益機会喪失となる。「このままでは儲かる顧客がいなくなる」という強い危機感が銀行のリテール強化の背景にある。



【問】銀行のリテール戦略の現状は。

【答】メガバンクや一部の地域金融機関を中心に進んできている。例えば、UFJ銀行は、ATMやコールセンターの24時間稼動をはじめとする、個人顧客の利便性向上を目指した「UFJ24」をスタートしている。UFJ銀行では、以前よりリテールマーケティングに力を入れている。顧客調査を実施し、戦略・施策を策定するというカルチャーが銀行内に醸成されている。 三井住友銀行の「One's Style」は、顧客の目を意識した商品だ。これは、総合口座、Web通帳、クレジットカード機能がセットになった20代・30代限定の商品だ。既存商品の組み合わせに過ぎないとの見方もあるが、20代・30代の消費者は、自分達向けの初めての金融商品と感じるかもしれない。顧客からどう見えるか、顧客とどうコミュニケーションをはかるかを考えて開発された商品だ。 店舗形態を変える銀行も増えている。りそな銀行ではテラーが立って仕事をしている。個人顧客重視の表れだ。三重銀行には銀行員の方からロビーの顧客に用件を伺うに行く店舗がある。荘内銀行のインストアブランチは、ショッピングモールの営業時間にあわせて夜の9時まで土日祝日も営業し、年中無休。支店長以下スタッフはほとんど女性で入りやすい雰囲気をつくっている。 マーケティング部署に女性を配置する動きも見られる。マーケティング・エクセレンスでは、金融マーケティングに必要な理論と実践のためのスキルを身につけることを目的とした「金融マーケター養成講座」を随時開催しているが、10回目の前回、初めて女性受講者が半分を超えた。そもそもリテールの顧客の半分が女性だ。営業、マーケティングのスタッフに女性の割合が増加傾向にあるのは自然の流れだろう。



【問】5年後の金融界をどう予想するか。

【答】銀行のリテール戦略はさらに拡大し、もっと特徴のある銀行が増えている。今は、新生銀行、東京スター銀行など外資に買収され、経営陣が総入れ替えした銀行や、トップが広い見識を持つ一部の地方銀行がこれまでにない新しい金融サービスを提供している。今後、特徴を出せる銀行が生き残り、そうでない銀行は生き残れない。勝ち組と負け組の差が鮮明になる時代となるだろう。



【問】リテールは規模の経済性が働くビジネスだ。メガバンクが有利か。

【答】全ての顧客が預金量や店舗数などの規模から銀行を支持するということではない。中小金融機関でもカスタマーセントリック(顧客中心主義)に徹し、顧客の心をとらえることが出来れば、メガバンクをはじめ競合他行に差をつけて大きく飛躍することが可能だ。むしろ、メガバンクや県内トップ地銀よりも中小金融機関の方が自由に素早く動ける分、有利だ。例えば、巣鴨信用金庫は、理事長が東京會舘出身で、ホスピタリティを経営の根幹に据え、実践している。ATM365日稼動、時間外取引無料を早期に導入し、巣鴨とげぬき地蔵の縁日には本店のホールをお茶と煎餅で無料接待する「おもてなし処」として開放している。落語、漫才などの演芸会も開催している。顧客や地域との通り一遍ではない営業努力の結果、顧客のロイヤルティが非常に高い。また、一つの分野に特化し、大手銀行とは違う独自路線を行くのも一手だ。得意分野、強みからターゲット顧客を決める。米国には取引対象を飛行機リースのファイナンスや医者に限定している銀行もある。



【問】銀行は顧客中心主義を経営理念に掲げてきた。勝ち組と負け組の分岐点は何か。

【答】顧客の求めていることを正しく理解し、それを戦略や施策に結びつけるマーケティング力をどれだけつけられるかだ。マーケティングとは、目の前にいる顧客やデータベース上のある一人の顧客に、何をどのように売ればよいかを考えるものではない。それはセールスだ。セールスは、今日の売上げのために顧客と相対するもの。マーケティングは、明日のために売れる仕組みや仕掛けを作ることだ。 ところが、セールスカルチャー時代の成功体験から、銀行の経営層の多くはマーケティングとセールスの区別がつかない。窓口のテラーや渉外担当者の頑張りでマーケティングをカバー出来ると考えている。テラーや渉外担当者が、ごく一部の、声の大きい顧客の声だけを聞いているという認識がほとんどない。銀行のデータ・ウエアハウス(データの倉庫)は、「顧客ニーズを知るために必要な情報は何か」、「実際のマーケティングの施策につなげるために必要な情報は何か」という視点を明確に持たないまま構築されているから、十分に機能していない。



【問】問題の背景は何か。

【答】そもそも、銀行員は一般顧客より圧倒的に豊富な知識があり、生活水準・環境が違う。銀行員が本当に顧客の立場に立ってものを考えることは不可能に近い。 金融サービスの特殊性もある。金融自体が媒介財だ。例えば、顧客は自動車を買うという本来の目的を達するために銀行から自動車ローンを借りる。自動車ローンを借りるのが本来の目的ではない。そういう媒介財としての性質が金融サービスにはあるから、モノの財のマーケティング手法を金融サービスに適用するには工夫が必要だ。例えば、顧客が本来欲しがっている車や家などをどうやって決めるかから理解しなければならない。そのプロセスの中で金融の役割が決まってくるからだ。顧客を理解するために、苦情や意見を言ってこない顧客やほとんど来店しない顧客の生の声を聞く機会を作る、座談会形式のグループインタビューを行うのも一手だ。銀行員では気が付かないような顧客の視点を引き出す。顧客と一対一のデプスインタビューを行い、じっくりと顧客の価値観を探るというやり方もある。金融サービスマーケティングの難しいところではあるが、そうした工夫や努力が足りない。



【問】マーケティングに本気で取り組むには何が必要か。

【答】何よりも必要なのは経営層の理解とコミットメントだ。マーケティングの導入は社内の様々な部署に関係するから、変えなければならないことがたくさん出てくる。現場にマーケティングマインドを浸透させるために人事の評価方法を変える。金融サービスの開発、販売には事務規定やシステムを変えないといけない。それらを変えるだけでも相当なパワーが必要だ。本部のマーケティング部署に器とスキルができても、それだけで組織を変えるにはいかにもパワー不足。マーケティングを導入しても社内の抵抗で頓挫する例も多い。その意味で、経営層がコミットしていろいろな部署を動かす必要がある。 ほとんどの銀行が、顧客理解のスキルとしてマーケティングが必要であると感じている。しかし、実際の取り組みにはかなり温度差がある。逆に言えば、金融界にマーケティングの考え方が十分に浸透していない今こそ飛躍のチャンスだ。組織自体のカルチャーをカスタマーセントリックへと変革し、マーケティングのスキルを他社より先に身につける。そうすれば勝ち組に残ることが出来るだろう。



(聞き手・QUICK 情報本部 岡村健一)


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