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リテールNAVI
百五銀行における金融ライフスタイル・マーケティングの実践
〜 価値観や嗜好で顧客をセグメント化 〜

顧客中心のカルチャーに組織全体を変革
マーケティング・エクセレンス 社長 戸谷 圭子


 顧客を価値観や嗜好など心理的な要素によって分類し、セグメントごとの特徴に応じた戦略や施策を展開する「金融ライフスタイル・マーケティング」の活用が始まった。本稿では、金融業界で初めて金融ライフスタイルの概念を導入し、活用している百五銀行の事例を、プロジェクトにかかわってきたコンサルタントの立場から紹介する。



非現実的な「十把一からげ」セグメント


 効果的なリテール戦略を実践するためには、顧客ニーズを起点とするセグメンテーションを行うことが不可欠である。顧客をセグメントに分割し、ターゲットセグメントを絞って、限られた経営資源を有効活用するのである。セグメントは、そのニーズに合わせて商品サービスを設計し提供していくためのものであるから、セグメント内はニーズが似通っている一方、セグメント間はニーズが異なるほうがよい。

 ところが、従来行われてきたデモグラフィック(年齢・性別・職業など)によるセグメンテーションでは、「三〇代の男性会社員が同じ金融ニーズをもつ」という十把一からげ的な前提をおいてしまっている。同様に、現在多くの銀行で行われている預り資産残高や収益で層別するタイプのセグメンテーションも、富裕層はリスク商品ニーズがある、マス層顧客の大半が電話やインターネットチャネルでの取引を望んでいる、といった非現実的な想定をしている。

 これに対して最近注目され始めているのが、ライフスタイル・セグメントに基づくマーケティングである。これは、顧客の価値観や嗜好など心理的な要素によって顧客を分類し、セグメントごとの特徴に応じた戦略や施策を展開するマーケティング手法である。

 ライフスタイルはマーケティングの分野では古くから重視されていながらも、顧客の心理的傾向を知ることのむずかしさが課題となっていた。しかし、近年のIT技術の進歩により、普及の兆しがみえてきた。取引履歴など銀行がシステムで把握している全顧客のデータと、調査によって得た一部の顧客の心理情報とを組み合わせることで、個々の顧客のライフスタイルを見分けることが可能になったのである。

 とくにサービスという無形でわかりにくい財の購買では、心理的要素が重要な役割を果たす。ライフスタイル・マーケティングは、金融サービス産業や、映画などのエンターテイメント産業で実用化され始めている。

 百五銀行がこの取組みを始めたのは二〇〇〇年からである。当時、多額の費用をかけて構築したM・CIFやCRMが所期の効果をあげていないとの声が先行導入した銀行から聞こえてきていた。多くの場合、マーケティングでそもそも何をするのかという根本的な目的がないまま、システムを入れれば何かできるといった曖昧なM・CIF構築を行っていたことがその原因であった。

 そのため、百五銀行ではまず、マーケティングの出発点である「顧客を知る」ための調査を行い、そこからマーケティングの目的を定めるというステップを踏んだ。「顧客を知る」手段のカギが金融ライフスタイルである。

 具体的には、顧客へのフォーカスグループインタビューを行い、その分析結果から、個々の顧客の深い心理的な情報と、同行の提供している金融サービスの評価に関するアンケートを作成した。そのアンケートを八〇〇〇名の顧客に送付、回収したデータから金融ライフスタイルを決定づける要素を「運用性向因子」「貯蓄性向因子」「消費性向因子」の三つに集約した。この三つの因子から回答者を五つのタイプに分類したものが第1図の金融ライフスタイルである。





使える顧客データベースの構築

 この分析と並行して、顧客データベースの必要性についての検討を行った。目的が明確でないシステム投資は失敗に終わりやすい。ましてや、リテール戦略全体にかかわる顧客情報の基盤となる重要なシステムの導入を、明確な活用方法もないまま決めることはできない。必要性について十分なコンセンサスが得られるまで、行内の各意思決定過程で白熱した議論が交わされた。

 さらに導入決定後の要件定義では、さまざまなマーケティング施策を想定し、その施策を行うために必要なデータ項目・定義・保有期間・他の項目との関連づけや加工方法などを数カ月かけて入念に検討した。要件定義はエンドユーザーであるマーケティング担当者中心に、システム部、ベンダー、当社が入って行った。また、すでに前述のリサーチでマーケティングの目的を明らかにしていたため、どのデータをマーケティングにどう使うかという方向性を明確に示すことが可能であった。加えて、データを使用して顧客の金融ライフスタイルを見分けることが重要な目標の一つであったことから、システム的に負担の大きい預金の入出金や残高照会、振替依頼などのトランザクション・データもあえて採用することにした。顧客の日々の金融行動こそ、金融ライフスタイルを表わすものだからである。



各セグメントに何を提供するか

 要件定義後、約一一カ月間にわたるM・CIFの構築期間に入ったが、この間、マーケティングには重要な課題があった。個々の顧客のライフスタイルを見分けただけでは収益にはつながらない。すなわち、@各セグメントのニーズを反映した金融商品・サービスを開発しなければならない、A顧客接点の従業員や広告宣伝などを通じて、そういった商品・サービスの価値を顧客に正しく効果的に伝えなければならないという課題である。

 日本の金融機関は長い間、規制の枠内での販売競争を繰り返してきたために、顧客を起点とするマーケティングの考え方を組織として会得していない。

 ほとんどの銀行で、商品・サービスの開発、チャネルの設計、広告宣伝などマーケティングの各機能が担当部ごとに分散してそれぞれがバラバラに動いている。最も重要な顧客接点にいる従業員が、顧客中心のカルチャーを身につけていない。商品・サービス開発や効果的なコミュニケーション方法の適用に必要なマーケティングスキルをもった金融マーケターが育っていない。百五銀行でも同様の課題があった。

 そこで、顧客中心のカルチャーに基づくマーケティング体制の確立に向けて、効果的なコミュニケーションのあり方を探る科学的なテストを行った。それは、リスク性運用商品について、金融ライフスタイル・セグメントのうち積極運用型と高活力型専用のチラシを作成し、店頭でのセールストークもセグメントによって使い分けるというテストである。そのテストで明らかになったことは、二つのセグメントはそもそも異なる価値観をもっているため、同じリスク性運用商品であっても、効果的な勧め方がまったく違っているということである。



全顧客のセグメントを判別

 百五銀行において、M・CIFが本格稼働したのは〇二年九月である。ここから、金融ライフスタイルを見分けるモデルの構築作業に入った。

 アンケート調査で得た二〇〇〇人強の顧客の金融ライフスタイルを決定づけるデータと当該顧客のM・CIFデータをつなぎ、金融ライフスタイルをM・CIF側のデータで説明するモデルを作成、そのモデルの妥当性を複数の手段でチェックし安定性を確認した。次に、調査回答のない残りの数十万の顧客のM ・CIF データを使用して、全顧客のライフスタイルを判定するという手順である。

 モデル構築に使用した項目は、取引種類や残高データなどとトランザクション・データである。トランザクション以外の多くの項目は、月間の平残・末残・合計額など、一カ月周期で顧客が取引を行うという前提で加工がなされている。それでは、一週間周期や三カ月周期でその取引を行っているという顧客の金融行動の重要な部分を把握することができない。そのため、百五銀行では、各項目の周期を統計的に算出し、その周期をもとに各項目を平均・分散・トレンドに分解した。結果的に数百あるデータ項目は三倍にふくれあがることになる。そこから、正準判別分析や決定木などの複数の統計手法を併用して、項目を絞り込み、モデルの精度を高め、最終的には実務家が解釈可能なモデルを作成している。

 モデル構築後の展開は段階的に進められている。M・CIFによって金融ライフスタイルを見分けるモデルの精度を検証するだけでなく、その考え方を行内に浸透させるためには手順を踏む必要があったためである。この間、百五銀行でも他の多くの銀行が行っているように、収益を軸とした顧客セグメンテーションを行っていた。

 だが、高収益顧客には人的チャネル、低収益顧客にはダイレクトチャネルというだけで、ベースにある「お願いセールス」の思想はなんら変わっていなかったという。むしろ将来の高収益顧客がどんどん離脱していっているのではないか、と不安を感じていた行員も多かったようだ。

 第一段階として、資産運用コンサルティング部隊の渉外担当者が、金融ライフスタイルが判別された顧客を訪問し、各セグメント専用のパンフレットなどさまざまなツールを使ってセールスし、反応を記録する。さらに、金融ライフスタイル判別モデルの精度のチェックと今後のセールス情報収集を兼ねたアンケートを実施し、その結果を本部に送付する。

 第一段階の検証の結果、モデルの精度がほぼ確認されるとともに、実際に検証にあたった渉外係からはさまざまな反応が得られた。新人の渉外係は「まったく初めてのお客様を訪問するとき、なんの情報もなしにいくのが不安だった。金融ライフスタイル・セグメントによって、事前にお客様のイメージを思い浮かべることができるようになった」という。ある中堅渉外係は、「これまで、国債を買ってもらおう、外貨預金をしてもらおうと思って(客先に)いって、結局警戒されていた。お客様のセグメントを意識して、話すポイントを考えてから訪問するようになり、スムーズな会話ができるようになった」と感想を述べている。

 第二段階として、コールセンターから、金融ライフスタイルが判別された別の顧客への電話セールスを実施し、同様の検証を行った。このように実際の営業で実践することによって、金融ライフスタイル・セグメントの活用方法がより具体的になっていった。

 百五銀行では、次の展開として、実際に顧客と接している渉外担当者の声をもとに、専門用語の記述の多寡などマーケティング担当者がその伝え方を顧客セグメントごとに変えて作成したパンフレットを配布することになっている。





「顧客を知る」ということ

 百五銀行の金融ライフスタイル・マーケティングの展開からもわかるように、マーケティングは既存商品を低コストのDMで売るためのものではない。また、CRMとは顧客との関係を自動的に構築してくれる万能のシステムではないし、営業店に還元するセールスのための顧客リストをつくることでもない。

 M・CIFの利用方法として、対象商品の購入者と似た取引をしている人を抽出してDMを送付するという方法をとっている銀行は多い。しかしながら、過去の購入商品などの取引結果は、既存の金融商品という限られた選択肢の範囲内での顧客の行動であり、顧客の真のニーズというよりは、銀行側の施策を反映していることのほうが多い。

 金融サービスにおいて、顧客は商品を売る相手ではなく、一生涯にわたる長期的な関係を築く相手なのである。「この商品をだれに売ろうか」という発想から、「この人はこういう人だから、こういう商品が欲しいのではないか」という発想ができるように変わらなければならない。

 金融ライフスタイル・マーケティングは、表面的な既存商品への選好の背後にある顧客の価値観をセグメントの軸とするものである。顧客の価値観がわかれば、それを起点として、そこから新たな商品・サービスを開発していくことができる。その顧客にとってその商品・サービスにどのような価値があるのか、顧客の心に本当に響く情報を伝えることができる。

 百五銀行もマーケティング体制を完全に確立したわけではなく、現在も「顧客の真のニーズ」を把握し、それをベースに戦略・施策に反映していこうとしている発展段階にある。

 これまでの体制からマーケティングを重視した体制に変革するには組織の三要素である「人」「物」「金」、つまり「マーケター」「M・CIFなどのツール」「予算」が必要である。そして、それを実現させるのは、長期的視野をもった「経営者」である。マーケティングスキルを獲得し、顧客中心の考え方へと組織全体のカルチャー変革を図る百五銀行の努力は、現在も続けられている。



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