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2000年 10月 9日  週刊金融財政事情 

特集「CRMを越えて」

顧客を理解するマーケティングスキルが前提条件

「システムは入ったが収益は伸びない」のはなぜか

株式会社マーケティング・エクセレンス
代表取締役社長 戸谷圭子
代表取締役    栗田康弘


 M
CIFCRMといったマーケティング用語が飛び交っている。昨今のIT革命によって、これらシステムは各段に進歩した。さらに、米銀におけるCRMの成功例を信奉して、CRMを導入さえすれば、自社のマーケティング能力が飛躍的に向上すると考える邦銀関係者は多い。しかし、そのスタンスでは失敗が目にみえている。マーケティングが成功するための条件はCRM等のシステム導入ではなく、顧客を理解し、かつ顧客が喜ぶことをビジネスとして成立させるという基本コンセプトの確立である。いまの邦銀は、まさにこの視点が欠けているのである。

 

「知識獲得」以前の銀行界

リテール分野で成功するためには必須のツールであると信じて、この二、三年の間に、多くの邦銀がM・CIFという名の顧客データベースを構築した。昨年からは、M・CIFと現場をつなぐためにCRMと称する仕組みを導入し始めているところも多い。いずれも最低でも億円単位の投資である。なかには一〇〇億円を超える額を投じた銀行すらある。しかし、勢力地図を塗り替えるほどの業績が上げている邦銀はほとんどない。

 AI(人工知能)の世界に次のような逸話がある。カマンベールチーズの熟成度を判断する職人の後継者をどうするかで悩んでいたチーズ工場の社主が、機械に代用させることを思いついた。職人はチーズに指を突っ込んでは熟成度を判断していたので、どのぐらいの固さだと彼が「熟成終了、出荷可」と判断しているかが繰り返しテストされ、多くの時間とお金を投資して鉄の棒でチーズの表面の張り具合を確認し、熟成度を測るシステムを作り上げた。

しかし、できあがったシステムはまったく使い物にならなかった。職人は、固さだけで熟成度を判断していたのではなかったのである。指を突っ込むとチーズに穴があく。そのときに香ってくる匂いも含め、総合的な判断を下していたのである。しかし、彼は自分がそのように判断していることに気づいていなかった。

このように人間の知識をコンピューターに組み込むプロセスを「知識獲得」という。銀行のマーケティングでは、この「知識獲得」が全くできていない。いや、職人の技を形式知化する段階にすら至っていない。わからないことを顧客に聞きにいくことすらせず、役に立たないM・CIFやCRMのシステムがきれいに設置されているだけだ。そこに乗せるべき知識は、まだまだ一から獲得していかなければならないのである。それがポストCRMの邦銀の姿である。

 


ITはマーケティングの一部に過ぎない

ウェルズ・ファーゴ銀行執行副社長アナット・バード氏が、九月に来日した。リテールのマーケティングにおいて、筆者とバード氏の意見は根本的に一致している。それは、「カスタマー・セントリック(顧客中心主義)」の考えをもっていなければ成功しないということである。顧客を理解しニーズをつかみ、それに対応できる実行力をもつことが成功のカギである。システム投資もむろん必要である。しかし、M・CIFもCRMも「顧客の立場に立ち、顧客を理解し、顧客ニーズを満たしてあげる」ための必要な仕組みの一部に過ぎない。「ITへの投資は必要である。しかし、それは、リテールのマーケティングでやるべきことの一部分でしかない」。バード氏のこのコメントがすべてを物語っている。

しかし、邦銀の本部にいるマーケティング担当者と話をすると、彼らの話題はもっぱらIT投資に集中している(第1図)。彼らの多くは、米銀はデータベース・マーケティングで大成功を収め、今度は、CRMシステムで大成功を収めようとしていると信じている。米銀の成功は、膨大なIT投資の結果であると思い込んでいるのだ。確かに米銀のITへの投資額は大きいが、彼らが成功しているのは、もちろんシステムを導入したからなどという理由ではない。彼らが自社の顧客ニーズを満たし収益をあげるためにはITが必要だったにすぎない。どこかで、情報が歪んで伝わっている。

 

邦銀は顧客を理解しようとしていない

「カスタマー・セントリック」である金融機関になるためには、具体的にどうしたらいいのであろうか。そもそもマーケティングとは、顧客を理解し、顧客が喜ぶことをしてあげ、かつ、ビジネスとして成立させる仕組みを作ることである(第2図)。顧客を理解するためには、消費者行動論に基づき、@顧客のニーズ、A意思決定過程、Bその結果としての行動や態度、を理解することが必要になる。どのようなニーズをもった顧客が、なぜ他行ではなく自行を選んでくれたのか。自行の何を評価してくれているのか。その結果、どの商品・サービスをどのチャネルで利用しているのか。自行の何にどの程度満足してくれていて、今後も取引を継続したい・増やしたいと思ってくれているのか。顧客が考えていることの全体像を把握しなければ、マーケティングは成り立たない。

しかし、マーケティングというと、M・CIFをデータマイニングし、その結果抽出した顧客リストに対してDMを送りテレマーケティングを行うことであると思っている邦銀の担当者に、顧客を理解しようという意識は薄い。

バード氏も同じことを感じていた。二回の来日で多くの邦銀関係者と話す機会があった氏は、ずっと「かみ合わないもの」を感じていたと話し始めた。

 ・・・

「何か違っているような気がする。インストアブランチ、データベース・マーケティング、CRMといった言葉だけが先行していないか。たとえば、日本に来ると、インストアブランチを成功させるにはどうすればよいかとよく聞かれるが、ウェルズのように顧客とのタッチポイント(接点)として従来型店舗とまったく同じ役割を期待している銀行もあれば、トランザクションのコスト削減を主目的に導入している銀行もある。それぞれの銀行が、顧客が望んでいるものと自行の戦略とを熟考したうえで、それぞれのインストアブランチのあり方を決めている。「自行の顧客はこのようなことを望んでいる、その顧客が望むことを達成するのにはどのようなチャネルを導入すれば成功すると思うか」というような聞き方をされたことはない。日本の銀行は、顧客が何を望んでいるかを調べないでインストアブランチを出しているのか」。

・・・


  確かにほとんどの邦銀は顧客が何を望んでいるかを知らない。MCIFを分析し、それを知ろうと試みているところはあるが、そもそもそこに蓄えられたデータからわかるのは、顧客の行動結果だけである。規制下でなんら差別化されていなかった日本の金融界では、行動結果は満足度やロイヤリティなどの態度さえ反映していない。ましてや、ニーズや意思決定過程を行動結果から類推できるわけはない。しかも実際には、邦銀が構築したM・CIFの多くが、顧客の行動結果をきちんと把握できる仕組みにすらなっていない。いま邦銀が行わなければならないのは、自行のマーケティング戦略に有用な切り口で情報を保有・整理しているかを徹底的に議論・分析し、構築し直すことである。

 

マーケティングの基礎スキルが欠けている

データからわからないものは、顧客に直接聞くマーケティング手法を駆使する必要がある。しかし、顧客リサーチのようなマーケティングの基礎スキルが、邦銀には決定的に欠けている。先日弊社が開催したマーケター養成スクールでも顧客へのインタビュー経験者はほとんどいなかった。

インタビューに限らず、深い情報を顧客から得るにはさまざまな手法がある。知りたい内容によって、それらの手法を使い分ける必要がある。浅い情報しかないM・CIF上の数値化されたデータ分析に血道を上げている担当者は多いが、「数値化されていない深い情報」を分析する手法を学ぼうとしている者はほとんどいない。消費者行動論の領域になると基本理論すらまったく知られていないといってもよい。チーズ職人の暗黙知を取り出すことはむずかしい。同様に、これまでの無競争な環境に慣れた消費者の金融ニーズの把握にも、消費者行動に対する高度な理解とそれを引き出すマーケターのスキルが要求される。

 

CRMが顧客の離反を招いている

顧客を理解し、何をしたら喜んでくれるかがわかったら、それをデリバリーする手段が必要となる。CRMツールは、顧客とのあらゆるタッチポイントでのコンタクト内容を一元管理することにより、顧客を理解する過程をサポートするとともに、顧客が喜ぶことのデリバリーをサポートする。しかし、これも使い方を誤れば、両刃の剣である。

邦銀の現状をあらわす事例として、筆者の個人的な体験をあげる。先日、もうかなり長く取引をしている銀行から筆者の自宅に電話がかかってきた。土曜日の夕方である。「以前お答えいただいたアンケートに、住宅の購入をご予定とありましたので、住宅ローンについてのご案内をさせていただければと思いまして・・・」という内容の電話である。

ところが、筆者にはアンケートに答えた記憶がなく、一年前に住宅を購入したところなので、たとえアンケートに答えたことがあったとしても、それはもう一年以上前である。そういう状況を説明して、アンケートの日付はいつになのか聞いてみた。ところが担当者は「すみません。日付は入っていません。」というだけである。どこかの支店の店頭でアンケートに答えたのか、それとも郵送アンケートに答えたのかを聞いても答えはない。担当者は本当に知らないようである。それ以上の話はできず、電話はすぐに切られた。

しかし、それにしても気味が悪い。その銀行のマーケティング担当者がたまたま知り合いだったので、後日、何が起きていたのかを聞いてみた。似たような苦情が他にもあったという。どうやら、アンケート結果をデータベースにインプットする際に何かミスがあったようである。インプットを誤ったことはもちろん問題であるが、それ以上に、担当者が状況を顧客に説明できないところに問題がある。アンケートの結果に基づいて電話をしているなら、その内容について顧客が問い合わせても当然であるのに、その準備ができていない。また、スクリプト(想定問答)にないことを聞かれたらどうするかが決まっていないし、電話をかけている者の多くがパートタイムであり、権限も責任もない。土曜日の夕方、自宅に電話をかける行為自体が、その顧客の望むコミュニケーション方法であるかの確認すらしなかった。まして、今後、どのようにコミュニケーションをとればいいかも、住宅ローン以外にどのようなニーズがあるかも聞いてはこなかった。実際には、筆者は外貨預金とか投資信託には、非常に興味がある。忙しいので窓口に行く時間はないが、平日職場からの電話で相談に乗ってくれ、どこにも足を運ばないで取引を始められるのであれば、すぐにでも飛びつきたいと思っているのにである。

オペレータがスクリプト外の事態に対処できるようにするためには、素質をもった人材を採用すること、そして採用後の教育が必要である。その素質とは何か、教育方法をどうすればいいかを知るためには、われわれは次の問いに答えをみつけなければならない。「優れたセールスマンはなぜ優れているのか、彼らは顧客をどのように見分けどのように対応しているのか」。多くの場合、彼らはチーズ職人のように、自分でこの問いに答えることができない。職人技を共有知識として取り出すためには、やはり深い情報をとり、分析する能力が必要なのである。

この例は、顧客への個別アンケートをもとにしたテレマーケティングであるが、他のDMやテレマーケティングでもまったく同じことがいえる。顧客に何を聞けばいいか、何をしてあげればいいかを理解していなければ、いくら高価なCRMの仕組みを構築しても決して収益には結びつかない。まして、金融は高度にプライバシーが要求されるサービスである。銀行名が入った封筒が送られてくるのを嫌がる顧客さえいるのである。顧客を無視した無闇なセールス攻勢はかえって離反を招きかねない。

 

金融マーケターの養成が急務

  邦銀がM・CIFやCRMなどの入れ物の構築やデータマイニング手法の追求に走ってしまったのは、他に何をすればいいかがわからなかったからである。邦銀のマーケターは、マーケティングの知識もスキルも経験も持ち合わせていない。とくに、顧客を理解するための理論(消費者行動論)とスキル(インタビューやリサーチの設計・分析)の完全な欠落が大きな問題である。一刻も早く、せめて基礎知識はもった金融マーケターを養成しなければ、新しい時代には対応できない。基礎知識がなければ、外部のノウハウを頼ろうにも、誰に何をサポートしてもらえばいいのかすら判断できないのである。


 …

  京都で十二単を着せてもらったこと以外で、今回の来日で最も印象に残ったことは何かとバード氏に尋ねた。「何人かの経営トップとのディスカッションは本当に楽しかった。ITの話にもツールの話にもならず、消費者行動を理解することの重要性についての認識でも一致できたし、日米それぞれの経営者の立場から悩み考えていることを共有することもできた」とバード氏は答えた。これは弊社が主催した日本の金融界の変革をリードしている七名の邦銀トップとの意見交換会のことである。この会合では四時間にわたり、経営戦略が大いに議論された。各氏がITの重要性を深く認識しながらも、「ITありき」の経営戦略をとっておらず、ITの二文字がほとんど誰の口にものぼらなかったためであろう。

 


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