<週刊金融財政事情 2006年10月23日号 64ページ>


『リテール金融マーケティング』

戸谷圭子著

 私がマーケティングに関する書を初めて読んだのは八〇年。P・コトラーの「マーケティングマネジメント」である。その後、銀行でリテールビジネスに携わってきたが、日本における金融サービスを題材にした実務的マーケティング教本が出ることを心待ちにしていた。本書は待望の書である。

 本書は、まず第一部で金融サービス・マーケティングを実践していくうえで必要な基本的な理論や枠組みを解説している。さらに第二部、第三部では、金融機関から得た豊富なデータを活用した実証分析を通じて、新たな法則を仮説的に構築し、実務的アプローチのヒントが示されている。この点で、理論的解説書とは異なっており、金融実務家にとって大変興味深いものである。

 第一部では、「金融サービス・マーケティング」の本質を「サービス」と「金融」の二側面から鋭く切り込んでいる。とくに金融サービスの本質を、「IHIP」(「無形性:Invisibility」「不均質性:Heterogeneity」「同時性:Inseparability」「消滅性:Perishability」)に加え、「媒介性」「価値変動性」「予約性」「複合性(補完性)」といった追加的要因をあげて論じている点もおもしろい。

 また第二部では、既存顧客を守るという観点から対顧客戦略を展開している。なかでも、顧客不満に関する要因分析と行動特性に関する法則に関する記述は、読み応えのある内容である。数多くの実証研究から得られたデータ分析結果は、実務上の参考とすべき点も多い。日ごろ、リテール金融ビジネスを進めていくなかで、「知識」だけではなく、ビジネスに携る者一人一人の「思い」や「意識」が重要であると感じている。今後、CS活動については、ES(従業員満足)と一体で考え、企業のブランド戦略そのものと位置付けて取り組んでいくべきであろう。

 さらに第三部では、新たな取引を獲得するという観点から攻撃的な対顧戦略が展開されている。個人の金融サービス分野においては、同じものでも見せ方やコミュニケーションしだいで顧客の購買行動に大きな差が生ずる場合が多い。本書のなかでも、示唆に富むいくつかの指摘があるが、実務家にとってはこの点を克服し、競合他社との差別化を図っていけるかが最大の課題である。

 本書の著者である戸谷圭子氏は、栗田康弘氏とともにコンサルティング会社「マーケティング・エクセレンス」の代表を務めている。とくに、カスタマー・セントリックの姿勢に立ったコンサルティングには定評があり、日本の金融機関を対象とした実務的マーケターとして幅広く知られている。彼らが長年進めてきた日本の金融機関におけるサービス・マーケティングへの取組みも、個人金融ビジネスの競争激化のなかで、ようやく本格的な展開がみられるようになってきた。本書を機に、研究者や実務家を交えた数多の議論が起こり、新たな法則や真の金融マーケターが続々に誕生していくことを希望してやまない。

(著者は、コンサルティング業務の傍ら東洋大学で教鞭をとる)

(評者・三井住友銀行 小田急ブロック地域個人部長 幸野 良治)
東洋経済新報社刊
本体2,800円



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