QUICK配信情報 2009.10.01 (原文ママ)

QUICKエコノミスト情報 VOL.550 2009/10/01

 主要国政府があらゆる手段を使って恐慌回避に努めた結果、100年に一度の経済危機が世界恐慌になるという恐怖感は薄らぎ、世界の金融市場も実体経済も落ち着きを取り戻している。今後の金融機関の在り方について、女性力をメインテーマに、世界でも数少ない金融サービス業のマーケティングの研究者、戸谷圭子・マーケティング・エクセレンスマネージング・ディレクターに聞いた。


「『掟破り』をためらっていたら生き残れなくなる」
    戸谷圭子 マーケティング・エクセレンス マネージング・ディレクター

 世界同時不況、金融危機がいつまでも続くわけではない。アメリカやヨーロッパの金融機関のみならず、アジアの金融機関も盛り返して日本に攻勢をかけてきた時に、日本の銀行はこれまでのような思考、行動、スピード感ではとても太刀打ち出来ない。顧客が求めていることや、その変化に早く気付いて、今までのカルチャーからすると掟破りだと思われるようなことにチャレンジする。そういうカルチャーを持てる銀行が生き残っていくだろうし、その担い手として女性力が一段と注目されるだろう。

 グローバル時代を生き残るにはその銀行ならではの特色を出すというのが常套手段だ。しかし、これが出来ていない。特に、地域のトップバンクである第一地方銀行がそうだ。「自分たちは公共的役割を担っているから地域の顧客全員を対象に平等にサービスします」と言うのだが、実際にはどうか。例えば、多くの銀行の窓口の営業時間は平日の9時−15時と以前と変わらない。その時間には窓口に来られないサラリーマンを対象にサービスしているとは言えない。どの地銀も地域に密着して地域に貢献するという経営理念を掲げているが、景気の悪い時に地域の中小企業を徹底的に支え続けるという経営理念をどこまで堅持出来ているのかもはなはだ疑問だ。このように実態は異なるのに、「すべての顧客を同じ様に大切にしています」という建前は捨てない。地域の反発を恐れてのことだ。これでは、自分達はこんな銀行、すなわち、こういう特色があって、こういう顧客を対象にして、ここが強いということが明確に出るような戦略を打ち出すことは難しいだろう。

 そういう意味では女性は思い切りがいい。組織に縛られていない、過去のしがらみが少ない、金融業界の常識に捉われていない。会社中心の生活を送ってきた昔のタイプの男性より女性の方が世界は広い。普通の庶民感覚、一般感覚では考えられないようなことをおかしいと思うことができる。例えば、金商法(金融商品取引法)が導入されて、「80歳以上には投資信託を売ってはいけない」というルールを作った銀行がいくつもあった。80歳だろうが90歳だろうが証券マン顔負けの金融知識が豊富なお爺さん、お婆さんもいる。そんな人達も含めて一律に売らないという通常ではあり得ないことを銀行はやってみたりする。金商法が導入された当初は、意味もわからず説明書を読み上げ、ひとつの投資信託を売るのに2時間も説明していた。しかも、顧客にたくさんサインさせる。そのサインした書類も読み上げる。銀行の住所まで読み上げる。明らかに金商法に対する過剰反応だ。それに対して「おかしい。意味がわからない。間違っている」と言えるのは、女性であろう。そもそも本部や金融庁に逆らうことなど思いもよらない男性陣は「ルールですから」と言って、そこで思考停止する。本当に顧客のためになるのならルール破りもいとわないという姿勢がない。その意味で、女性のほうがこれまでにはなかった戦略を思い切って企画、実行出来るはずだ。

 そもそも銀行リテールの顧客の半分は女性だ。家計の管理は女性がしているケースが多いので実際の顧客割合はそれ以上だ。女性のニーズをくみ取らないと顧客の離反が起きる。女性行員を積極的に活用しようとしない金融機関に成長を期待することは難しい。

 顧客の金融ニーズは生涯にわたって発生する。ある時期には借入れニーズがあり、ある時期には資産運用ニーズがある。儲からない決済ニーズしか発生しない時期もある。つまり、取引関係が長期に及び、その間に発生する様々な金融ニーズを取り込むことで収益が極大化する。例えば、住宅ローンは一生に1回か2回の機会だ。顧客は金利などの損得だけで動くわけではない。長年築き上げた信頼関係があれば住宅ローンのニーズが発生したとき、相談に来てくれる。収益を最大化したいのなら短期的な収益だけに捉われていてはいけない。

 顧客の目線に立って、「顧客はどういう人で、どういう人生を歩みたいのか、どういうお手伝いが出来るのか」という長期的な目を銀行員一人一人が持つ必要がある。顧客と長期的な信頼関係を築くには男性より世界の広い女性の方がよりフィットする。

 女性は顧客志向であるという調査結果もある。ある地銀が実施した顧客の意識調査の結果では、顧客が喜んでくれればくれるほど女性一般職のテラー(窓口の担当)のモチベーションが上がり、テラーのモチベーションが上がれば上がるほど顧客は長い付き合いを続けようと思うようになるという正比例の関係が見られる。それに対して、男性総合職のモチベーションが上がれば上がるほど支店の短期収益は上がるが、顧客は長期的取引を続けていこうと思わなくなるという反比例の関係が見られる。男性総合職は支店の短期収益目標を達成するために、短期のお願いセールスに注力する結果、長期的には顧客の離反が起きる。女性一般職は賞与や昇進などで短期的な支店業績の影響をほとんど受けないので、日々の顧客とのよりよい関係に注力して業務を遂行する結果、男性総合職以上の顧客ロイヤルティを獲得している。銀行は顧客と長い付き合いをしていかないと成り立たない商売なので、女性一般職のそのようなモチベーションの持ち方は正しい姿だ。

 金融の自由化、グローバル化の時代だ。銀行は以前のように規制で守られているわけではない。規制時代のように顧客に競合他行と同じ商品を売る、同じサービスを提供するということでは生き残れない。顧客を理解し、顧客のニーズをきちんとくみ取って、新しいサービスを開発し、顧客の立場に立った商品の売り方をしていかないといけない。そういう時代だからこそ顧客に喜んでもらえることに幸せを感じて仕事をしている女性行員が、金融サービス業にとって貴重な戦力であることは論を俟たない。

 では、銀行の実情はどうか。銀行でも女性活用や女性活躍が叫ばれているが、その背景には銀行全体の体力が弱っているというネガティブな事情がある。

 どういうことかと言うと、どの銀行もバブル崩壊後はコスト削減のために人員を削減してきた。銀行員はサービス残業して仕事をこなしていたが、労働基準局の指導でサービス残業が出来なくなった。個人情報保護のために資料を外へ持ち出すことが出来なくなり、自宅で仕事をすることもままならなくなった。実質労働時間は確実に減っている。それに対して、仕事の量は減るどころか増える一方で質も難しくなっている。対法人も対個人も、銀行が扱える商品やサービスの種類が飛躍的に増え、そのどれもが販売にスキルや時間が必要な商品だからだ。リスク性運用商品や保険商品などは今まで取り扱ったことのなかった商品だ。優秀な渉外係でも勉強しなければ取り残される。さらに、金商法の導入で販売プロセスも煩雑になった。支店のノルマは減らない。労働力が逼迫するなか、新商品の勉強や説明、そして、厳しいノルマ達成のためにこれまで以上に時間を取られる。その結果、後輩や部下の育成に使っていた時間が取れなくなる。OJTが機能しなくなる。先輩から後輩に引き継がれていたさまざまな渉外ノウハウの伝授が途絶える。支店ノルマの達成のために、できる渉外係はフル稼働を強いられる。後輩や部下を育成する時間がますますなくなる。後輩や部下が育たないから渉外係のフル稼働に一段と拍車が掛かる。まさに渉外力低下のネガティブ・スパイラルだ。これは業態や規模を問わず、ほとんどの銀行で共通の深刻な悩みとなっている。

 実は、この悩みの解消を主な理由として、銀行は女性力に目を向けるようになった。これだけ人材が逼迫した状態になると、男性総合職だけでは銀行は収益を維持できず、女性の活躍が生き残りに不可欠になったということだ。理由はともあれ、銀行業界で女性が活躍する機会が増えていること自体は悪いことではない。

 ただ、多くの銀行で女性活躍は打ち上げ花火でしかない現状もある。「女性プロジェクトを立ち上げる。優秀な女性を5、6人ピックアップしてチームを作る。商品を企画する。初めて女性が企画した新商品であるとプレスリリースする。当行ではこんなに女性が活躍しているとPRする。プロジェクトチームはごく短期で解散する。そのチームが継続的に活動することはない」。まさに打ち上げ花火だ。そもそもの発想自体が、女性を集めれば何かアイデアが出るだろうという程度のものだ。商品開発は、本来、満たされていない顧客ニーズを真摯に科学的に理解した上で行うべきものであり、アイデア一発勝負に賭けるべきものではない。顧客を理解するためのマーケティングのトレーニングも受けていない女性行員が商品開発を担当するというのは、当たるも八卦当たらぬも八卦。これでは、プロジェクトに抜擢された本人達や銀行全体の女性行員のモチベーションが上がるとは考えにくい。支店には預金、為替、出納などの業務に携わる一般職の女性行員がたくさんいるが、これまではセールスやマーケティングの戦力とは考えられてこなかった。彼女等をセールスやマーケティングの戦力にしたいと考えるのは自然な流れだ。しかし、銀行側がそうしたいと思っても、すぐに出来るほど簡単な問題ではない。窓口でオペレーションを間違えないことが最大のミッションだったテラーに、セールス・マインドを持たせて新商品の知識やセールス・スキルを習得させるには時間がかかる。そもそも教育する側にも、教育スキルがないという問題がある。銀行で出世してきた人達は営業成績が良かった人達だ。支店長や役席は優秀なセールスマンである。しかし、優秀なマネージャーとなる教育は受けていない。滅私奉公で働いて良い成績を上げた人達が、自分の部下、特に、働くということへの考え方の違う女性の部下を上手く育てられるかというと、決してそんなことはない。

 打ち上げ花火は「女性が活躍している銀行」であることのPR効果以上の成果はほとんど得られない。そのことに気付いた一部の銀行は次に制度整備に取り組み始めている。現段階では人事制度の整備がメインだ。例えば、女性が男性と同じようなキャリアパスに乗れるように総合職・一般職制度を廃止した、出産・育児休暇制度を充実した、育児中の勤務時間を短縮した、女性行員の再雇用を制度化した、男女比率や女性役席数などの数値目標を掲げるポジティブ・アクションを導入した、といったことなどだ。

 しかし、先進行のこの取り組みにもまだまだ課題がある。価値観が多様化した現代、人が働く理由や働き方には様々な形がある。ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)の推進とよく言われているように、働きながら、子供を育てながら、プライベートな時間も楽しむ。世の中にはそういう生き方がどうして許されないのかと思う人々が増えてきた。

 銀行も例外ではない。男女にかかわらず仕事のためにプライベートを犠牲にする生き方はしたくない。本部と顧客と部下の板挟みで疲れた中間管理職を見るにつけ、あのようにはなりたくない。多少給料が上がるからといって役席にはなりたくない。そう思っている行員が増えている。これは以前とは全く異なる価値観だ。勿論、猛烈に働いて男性と同じキャリアパスに乗りたいと考える女性もいる。要するに、多様な働き方がある、価値観が広がっている。そうした変化に対応した人事制度でなければ行員のモチベーションは上がらない。そこのところが男性総合職が中心の今の経営陣はわかっていない。自分達と同じように滅私奉公的に働けば自分達と同じ出世コースに乗れる。そういう仕組みを導入すれば女性はもっと頑張って収益向上に貢献してくれると考えて人事制度を整備しているのである。時代の変化を人事部なり企画部なりが早く理解して、人事制度をもっと実態に即したものに変えていかないといけない。

 女性活用に関しては、銀行は最も遅れている業種の一つだ。現状、ほとんどの銀行が打ち上げ花火の段階、一部の銀行は制度整備の段階に入った。しかし、制度整備の方向性の問題点に気付き、その次の段階に進まない限り、未来はない。滅私奉公、会社至上主義という掟も破らなければならない。

 将来的には、男女という区別ではなく、その人その人のライフスタイルにあった働き方を選択し、働き甲斐を感じながら生き生きと楽しく働いているというのが理想だ。女性の頭取が誕生し、役員も男女同じくらいの数がいて、男性も女性も同じように働いている、同じように役職についている。それが普通の状態になっている。せめて20年後にはそういう状況になっていてほしい。

 グローバル時代に生き残るためには、掟やカルチャーを破り、顧客に対して、これまでとも、競合他行とも異なることを素早く実行していかなくてはならない。そして、それを企業の中から支えるためには、人事面でも、掟やカルチャーを打破し多様化した価値観をどう受け入れていくかを真剣に考えなければならない。今、その時期に来ていると言えるだろう。(談)

(聞き手・QUICK 情報本部 岡村健一)